巻五 平太郎殿
古人も「世帯仏法」と申されし事、今以てその通りなり。毎年節分の夜は、門徒寺に、定まつて平太郎殿の事讃談せらるゝなり。
聞たびに替はらぬ事ながら、殊勝なる義なれば、老若男女ともに参詣多し。一とせ、大晦日【おほつごもり】に節分ありて、掛乞【かけごひ】、厄はらひ、天秤のひゞき、大豆うつ音、まことにくらがりに鬼つなぐとは今なるべし、おそろし。
さて道場には太鼓おとづれて、仏前に御【み】あかしあげて、参りの同行を見合せけるに、初夜の鐘をつくまでに、やうやう参詣三人ならではなかりし。
亭坊つとめ過ぎて、しばらく世間の事どもをかんがへ、「されば今晩一年中のさだめなるゆへ、それぞれにいとまなく、参りの衆もないと見ゑました。
然れども子孫に世を渡し、隙ひまの明あきたるお祖母【ばゝ】たちは、けふとても何の用あるまじ。
仏のおむかひ船が来たらば、それにのるまいといふ事はいはれまじ。おろかなる人ごゝろ、ふびんやな、あさましやな。さりながら、ただ三人にきかせまして、さんだんするも益なし。
いかに仏の事にても、ここが胸筭用で御座る。中々灯明の油銭【あぶらぜ】にも御座らねば、せつかく口をたゝいても世の耗ついへなり。
面々に散銭取返して、下向して給はれ。皆世わたりの事共にからまされ、参詣もなき所に、各【おのおの】きどく千万、ここを以て信心、女来【によらい】もいそがしき中に足をはこび給ふを、そんにはせさせ給はぬなり。
金【こがね】の大帳に付けおかせられて、未来にて急度【きつと】筭用し給ふなれば、かならずかならず捨てたるとおぼしめすな。
仏は慈悲第一、すこしもいつはりは御座らぬ、たのもしうおぼしめせ」。
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